はこざきぐう
【筥崎宮】



亀山上皇の御宸翰(ごしんかん)。
楼門にかかる「敵国降伏」

筥崎宮は、文永の役のときに日本軍の本陣となったと云われている。
このとき御神体は宇美宮(うみぐう)へ避難している。

筥崎宮へも蒙古軍の襲来があったのだろうか、戦火に焼かれたという。
そのためかどうか分からないが、日本軍は大宰府まで後退している。
そして、翌朝、蒙古軍は姿を消したのである。

元寇のころの上皇・亀山上皇(かめやまじょうこう)は、「敵国降伏」と親筆された宸翰を筥崎宮に奉納されたという。
今も筥崎宮の楼門(名島城主・小早川隆景の建造)には、これを拡大した額が掲げられている。
伏敵門(ふってきもん)という。
拙者が高校生のころは古いボロボロの木の額だったが、いつの間にか写真のように綺麗なものに替わっている。

なお、「敵国降伏」の御宸翰は37葉あるそうだが、後醍醐天皇から下賜されたとも云われている。



場所 福岡市東区箱崎一丁目
アクセス JR博多駅から国道3号線を東へ進む。
約3キロで「ゆめタウン」があるので通り過ぎると、すぐ東区役所だが、その直前の「箱崎宮前」交差点を右折しよう。
大鳥居をくぐると駐車場あり。500円だ。